地獄太夫と一休禅師 浮世絵版画 水野年方 明治32年発行
実家の書庫に保管されていました。明治時代中後期のアンティーク品です。
絵画の種類...日本画 浮世絵
【作家】:水野 年方
【サイズ:幅32.8cmx高さ50.2cm
超大判
大判サイズの倍の大き
さです。
(大奉書サイズです)
【作品状態】:折れスジ、シミ、経年劣化による色ヤケ、虫食い穴、周り破れあります。
※本作品は公的鑑定機関で鑑定を受けていない為 真贋及び作品状態等 画像をアップされてご確認して頂き ご自身のご判断でご検討をお願い致します。
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室町時代、地獄太夫と呼ばれた伝説の遊女は一休さんと師弟関係にあったそうです。
一休さんは「髑髏(ドクロ)」を杖の先につけて「この世に髑髏ほどめでたいものはない。ご用心ご用心」と言いながら街中を練り歩いた有名な逸話があります。
地獄太夫というと一休さんとのエピソードが有名らしく、初対面の一休に「山居せば深山の奥に住めよかし ここは浮世のさかい近きに」という歌を送ったと言います。
何とも優雅な歌のように聞こえますが、現代風に訳すならば「坊主なら山奥にでも居なさい、遊郭はお前さんの来るような所じゃない」という結構キツイ内容。
それでも流石に一休さん(この時は、もうお爺さんでしたが)何度かの、歌をやり取りをした後で実際に逢って見ると、聞いていたより遥かに美しく、大した女だと感心したと言います。
残念ながら地獄太夫は若くして病で亡くなりましたが、最期を看取った一休さんに「我死なば焼くな埋むな野に捨てて 飢えたる犬の腹をこやせよ」という辞世の句を残して旅だったと言います。
しかし一休さんは泉州八木郷の久米田寺に塚を建て手厚く供養したといわれています。
| 商品の状態 | 全体的に状態が悪い |
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